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2018年1月 7日 (日)

フィリピン海プレートが伊勢湾から若狭湾に向けて大きく侵入できた理論構築-1

 
  昨年から何度も、日本周辺のプレートの等深線について述べてきた。基本的には弘瀬さんの図をベースにしてきた。
 最近、伊藤さんが
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/19/9/19_9_28/_article/-char/ja/
で、もう少し詳しく書いた文献を見つけた。その抜粋を以下に示す。
 Si12917_co
 要は、伊勢湾から若狭湾の地下の浅いところにフィリピン海プレートが尾根状に存在することと、その地殻への関係を述べたものである。実に卓見である。
 ここで、再度、弘瀬さんの図を示す。
  3_20171210_4_tr
①から④の数字を書いたのは私である。要は、日本に侵入するフィリピン海プレートの動きは均一ではないことを示した。
 
 こうした傾向を最初に指摘したのは石橋さんの『大地動乱の時代』 1994.8 岩波であろう。石橋さんは駿河湾で分裂していると書いた。
 この本は1995.1月の阪神淡路大地震に先駆けて書かれた。わたしはこの本を該地震より前に読んだので、該地震が寝ている時に起こり、強いと直感したので石橋さんの予測の相模湾から駿河湾あたりで巨大地震が発生したと思った。当日は寒かったので、遠い場所と思いTVは付けずに寝た。
 それはそうとして、今回、述べるのは、特に等深線が食い込んでいる場所の成因の理論を構築することである。
 以下、その因子を記載する。
I. 元々、特に①、②の場所は弱い部分であった。つまり、フィリピン海プレート  が日本列島に衝突する以前から該場所は弱かった。その結果、フィリピン海プレートが衝突した時、該プレートは温かく軽かったので、なかなか沈みにくかった。
II. その上、特に②が関係する場所には古いコールドロンが存在した。琵琶湖コールドロンがそれである。該コールドロン5000-6000万年前に活動した古いものである。コールドロンは比重も低く脆いので侵入しやすかった。
III. さらに、新しいコールドロンというか、カルデラが熊野に存在した。カルデラの下には巨大な花崗岩があるといわれている。花崗岩は岩石の中では珪素系で軽い。この新しいコールドロンは九州、四国、さらに中部地方の南部にも存在する。つまり、②、③、④のフイリピン海プレートの日本への食い込みには関与している。
IV.特に、②つまり、伊勢湾から若狭湾に抜ける線の周辺には石灰岩が多い。それは軽いし、また水に容易に溶ける。それは陸のプレートを軽くする。また強度も弱くする。結果として、フィリピン海プレートの日本列島への侵入を容易にした。
以上が、仮説のポイントである。4個の仮説の複合でできるのか、もっと少なくてもいいのか、さらに追加が必要なのか、それも含めて考えてみたい。
 私は地学者ではない。工学部を出て新しい物を作る研究とその製造技術の研究をしてきた。また、人が作った経済学についても興味を持ち、経済学の修士も取った。
 そうした私は宇宙の構築した地球をどのようにすれば作れるのかと、工学的と社会科学的に考えた。
 いずれにしろ、理学者の発見した現象をどうすれば作れるのかという観点から新しい仮説を作り、検証もしたいし、また、理学者の方に証明もして頂きたい。
 

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