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2018年10月17日 (水)

日本の直下型巨大地震である濃尾地震と天正地震はどうして中部地方で起こったのか

 これは10/10のBlogの続きである。どうして、日本の直下型の巨大地震である濃尾地震と天正地震が中部日本で起こったのか、ということである。
 
 先日は日光で地震が起こった。今年の一月には草津白根で噴火が起こった。
茨城や千葉県で震度4の地震が続発している。これは海洋スラブに関係するものと思われる。日光の地震は直下型である。
 いよいよ、関東の地下が破壊され、この後は大破壊に繋がるか、この破壊で大破壊は無くなるかの瀬戸際に来ているような気がする。
 今日、三重中部で震度3の地震があった。これも何となく嫌な感じの場所である。中央構造線にも近い。北大阪地震は東に向いていた。
 熊本地震も東に向く傾向がある。一連の東向きの動きが今日の三重の地震のような気もする。2030年代に起こるかもしれないと言われる東南海大地震の前の直下地震の前震のような気もする。なお、これは直感であるに過ぎない。
 話は、日本最大の直下型地震と言われる濃尾地震と天正地震に関する。前者は近代日本で生じたので、色んな資料が残っている。水鳥に資料館があり、断層の破壊の現場も見えるし、この地震による周辺の破壊の状況もよくわかる。語り部の方も親切に説明してくれる。
 この地震で活動した断層も実に複雑である。断層や地震に興味がある人は是非、見学して頂きたい。
 巨大地震は摩訶不思議な活動をすることが分かる。地震の時、断層は想像もつかない動きをすることができました、この場に行って改めて驚く。
 阪神淡路の資料館は淡路島にある。そこでの断層の変化はほぼ直線的なものであるが、濃尾地震での断層の動きは全く異なる。
まず次の表を示す。
20181015_1_tr  日本国内の直下型地震のデーターである。理科年表からの抜粋である。驚くことに、濃尾地震に関連する断層が二つ書かれている。
 根尾谷断層と水鳥断層である。前者は主に横ずれ断層で、ずれ幅は8m,後者は縦ずれ断層で、ずれ幅は6m。
 要すれば、二つの断層が異なる運動をしたのである。なお水鳥断層の呼び名は「みどり断層」と呼ぶ。
 この周辺の濃尾地震における動きを次に示す。
20181015_2_tr1 要すれば、地震断層観察館周辺での断層の動きは実に複雑であった。根尾谷断層も動き、大将軍断層も動き、写真で有名な水鳥断層も動いたのである。
 さらに、次の図も示す。
20181015_3_tr そして、さらに根尾谷断層は梅原断層に飛んで、梅原断層で破壊を続けた。
 濃尾地震とは一つのまっすぐな断層が動いたのではない。根尾谷断層では主に横ずれが生じた。
 写真で有名な断層である水鳥断層では主に縦方向に大地はずれた。
 こうした濃尾地震の断層の動きに関しては現在でも統一答はない。しかし、近代日本はそれでも見事に、断層の動きを把握した。明治の学者の活動に感心するばかりである。
 濃尾地震の特徴は直下型で日本史上、最大の内陸直下型地震ということである。
 その意味することはこの地震の型が特異ということで済ましていいのかということも現代に投げかける。
 換言すれば、内陸でM8の地震が起こる時は単純に一本の断層が活動しただけでは日本ではM8の地震は起こらないということも意味することでもある。
 この説で濃尾地震と同等以上とも言われる天正地震の震源を考えると奇妙なことに気が付く。
 現在でも、天正地震の震源は確定的なことはわからない。それは天正地震の震源を一か所と考えているからかもしれない。
 なお、天正地震の震源は同時に二か所で地震が起こったとの説もあり、これが妥当なのかもしれない。
 この意味することは極めて大きい。
 ここで、纏めると、日本でM8以上の直下型巨大地震が起こる一つのケースは幾つかの断層が同時に起こるということである。
 確かに、濃尾地震の震源域の断層を見ると、大将軍断層と水鳥断層に続く活断層は濃尾地震では活動していないことが分かる。
 要すれば、濃尾地震の震源域では多数の活断層が存在し、それが同時に動いた結果、巨大地震になったのかもしれない。
 日本でM8以上の巨大地震が起こるのは活断層の密集地で起こる可能性が高いということである。

 こうした観点から天正地震の震源が中部日本にあるのも極めて妥当である。熊本地震は大きな地震であった。しかし、かかる見解からすると熊本でM8のような巨大地震が起こらなかったのは極めて幸いなこととも言えるかもしれない。
 
 
 
 
 

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